ここ数年、日本の文化が世界でいろいろ持て囃されている。例えばジャパニメーションや日本人原作のマンガがそれで、藤子不二雄や鳥山明の話が向こうの子供に通じる。あるいは、ハリウッドでリメイクされている日本映画もその代表といえる。なんだかさっくり持っていかれて楽をされている気がしなくもないが、日本の文化が世界に認められることは良いことだ。他にも、日本独特の文化として、温泉旅館や茶道なども世界のいくらかの人達の間や場所で注目されている。そして、日本人の生活に馴染みすぎていて、ついついその美しさを忘れてしまいがちなのだが、最近、東南アジアやアメリカなどで、『日本の漢字』がイレズミやTシャツの柄として人気が出ているそうだ。―――そう、せっかくなので、ここは気にしなくてはいけない。今、その市場で注目されている漢字というのが、中国の漢字、ではなく、『日本の漢字』である、ということだ。
こんなの確認するまでもないことだが、その名の表す通り、漢字とは、元は日本で生まれたのではなく、大陸から伝わってきて日本で使われるようになった物だ。なのだとしたら、これと同様に、中国の漢字がもっと早くに別の物としてブームになっていてもおかしくはないのでは、と思うわけだ。だが、とりあえず、今のところそういう話は聞かない。もしかしたら、単に日本で報道されてないだけなのかもしれないが、とりあえず
こういう検索をしてみる限り、日本の言葉として漢字が流行していることは間違いないようなので、このまま話を進めさせていただく。そういうわけで、こんな風にファッションとして流行しているという事象から何が分かるかというと、他の国の人から見ても「日本の漢字は美しい」という事実である。
日本の言語的文化の分野における、「日本の漢字の進化」というのは、『源氏物語』や『枕草子』などの作者によって「ひらがな」が広められたあたりから始まっていると考えるべきだろう。中国のテキストと日本のテキストの最大の違いが、そこにあるからだ。女性によって考案され作られたこのひらがなによって、漢字がより使いやすい物になった。それに伴って、文章を書く際に必要となる漢字の実質的な量が減っていった。そして、膨大だった漢字其々を細かく区別する必要がなくなり、視覚的により単純になる方向に進んだ。そんな中で、自然と漢字をより美しくしようという動きになり、現在の中国のそれとは独立した、日本独特の数々の漢字が生まれたわけだ。
さてと、今回はいつも以上に前置きが長くなってしまって申し訳ない。そういうわけでタイトルとこの話題を絡ませると、ヒロイン各々が自己を主張するために発する鳴き声ともいうべき口癖は、日本人のこういった気質によって世に広まった、という話になるわけである。
いわゆる『泣きゲー』がエロゲの世界を席捲していた頃、同時にブームになったのが「独特な鳴き声のあるヒロイン」だった。当時「うぐぅ」と言って何のことだか分からない輩は純度99%のモグリと言ってよかったし、その前後からの流れとして、ヒロインのセリフの語尾に「ですよー」「ふぇ?」などの特徴を持たせる風潮は現在にも色濃く残っている。ただ、今回ここで最も注目すべきなのが、「鳴き声のあるヒロイン」を進化させ世に広めたのは、エロゲ本体を作った企業やシナリオライターではなく、二次創作と呼ばれる分野の同人作家の人達だった、という点だ。
私自身、その頃はネット上での二次創作に携わっていたことがあるから分かるのだが、セリフに特徴のあるヒロインというのは本当に扱い易い存在だった。小説を書いたことのある人なら当たり前のことだが、文章の途中にセリフ文を挟む時、そのセリフがどのキャラのものであるのか、なかなか伝えにくいものなのだ。地の文にいちいち書くとテンポが悪いし、何よりビジュアルノベルが元になっているのだから雰囲気が変わってしまう恐れがある。そういった事情で、企業の側としてはヒロインに独特の喋り方をさせるのは本当にうまいやり方だったのだろうと思う。文章でなく漫画での二次創作でも同じことが言える。二次創作を専門とする同人作家は、特徴のある鳴き声や、現実ならありえないようないわゆる「アホ毛」などの髪型の「記号」というべきものを、自分の中に取り込み、自分なりに進化させたものとして表現することで、世に自らの作品の是非を問うた。そして、そんな「記号」を介して作家らの意気を受け止め、そこに萌えを見出したのが、日本人としてのオタクだったのである。同人文化の進化こそが、萌え文化の進化の主軸である、という事実は、もはや述べるべくもないだろう。
日本人は、上で述べたように、たかが漢字という「記号」にさえも美しさを求め、芸術にしてしまうという独特のセンスがあった。それは、何もない所に「何もない」という美しさを見つけられる感覚に近く、また、先の題目でも述べた「補完的想像力がある」という考察にも関連付けて確かめられる。そして、それと同じように、日本人には「記号」を進化させるという特異なセンスがあり、また、その進化させた「記号」をあっさり受け止める感性を持つ人が多くいた、と考えられるわけだ。この「あっさり受け止める」というのは、外国ではたぶんこうはいかなかっただろう、という意味で、実際、何かヒットする映画やゲームが出たとしても、そのグッズを作って売っているのは企業であり、今のところ同人作品が作られたり広まったりしているという話はあまり聞かない、といった観点からの考察である。「記号」としての萌えを進化させるという手法が定着し、それに伴って『ネコミミ』『ツンデレ』『病弱』『ドジっ娘』などの属性の細分化が進み、それらの組み合わせによって萌えが無限大に製造されているのが現在の萌えブームであって、それ故に、萌えはまだだ、まだ終わらんよ! と宣言したところで、お時間となりましたのでまた次回。
管理人。